東大書苑Virtual Commons&コンパニオンサイト

座談会 書苑VCが拓く新しい書籍文化の未来
―HMC × 東大生協 × 研究者 × 企業の協働で生まれた「書苑VC」について語る

登壇者※発言順:鈴木親彦(群馬県立女子大学 准教授)、中村雄祐(東京大学 教授)、笠原真理子(東京大学HMC 助教)、平諭一郎(東京藝術大学 准教授)、竹原昌樹(東京大学生協書籍部 店長)、東出忠昌(株式会社アルコバレーノ 代表取締役)、豊田聖宇(Spectrum株式会社 代表取締役)

鈴木親彦

鈴木親彦(群馬県立女子大学):本日はお集まりいただきありがとうございます。今回は、VR空間「書苑VC」のもととなった HMC と東大生協の連携協定、そして「書苑VC」の様々な取り組みについて、皆さんからお話を伺っていきたいと思います。まずはその前提となる連携協定について、中村先生と笠原さんからご説明をお願いできればと思います。

1. HMCと東大生協 包括連携協定の背景

中村雄祐

中村雄祐(東京大学):今回の VR 空間構築は、2022 年 10 月から始まった HMC の協働プロジェクト「開かれた人文学のための文化資源デジタルプラットフォーム」の一環です。プロジェクト開始当初から「いろいろな人たちと連携して活動していこう」という目標があり、東大生協書籍部の竹原さんをはじめ、スタッフの皆さんと「何か一緒にできるといいですね」と話し続けてきました。
その後、2023 年 12 月に HMC と東大生協の間で、「書籍文化の理解と振興」「大学コミュニティの発展」 を掲げた包括連携協定が締結されました。これは、これまで積み重ねてきた協働の流れを正式な文書としてまとめたものです。この過程で東大生協書籍部の 20 年以上の POS データを活用できることになったのが、このプロジェクトの一つのきっかけになっています。

笠原真理子

笠原真理子(東京大学HMC):HMC では、生協さんとアカデミックなつながりをつくることを大切にしてきました。書籍部さんは「本が安く買える場所」と思われがちですが、実は大学の中にあり、文化の発信地としての役割が大きい。そこで中村先生の紹介もあり、竹原店長とお会いして協力関係が始まりました。
「書苑閑談 Book Garden Talk」などのイベントを一緒に開催することで、HMC の活動に興味を持ってくださる方が増え、非常に良い相乗効果が生まれています。

2. 書店・大学空間・データをつなぐ「書苑VC」の構想

中村雄祐

中村:連携協定をきっかけに「リアルとバーチャルのコモンズをつくれないか」と考えました。大学にはリアルのコモンズ(書店、食堂、文房具店など)があり、一方で書籍文化にはデジタルが入り始めている。その両方を接続する場として「書苑 VC(書苑Virtual Commons)」を構築したわけです。
具体的には、私が過去に HMC のプロジェクト「デジタル技術を用いた文化資源の多次元アノテーションの研究」で作った「中央食堂の3Dスキャン」と東大生協書籍部の 20 年以上の POS データを組み合わせたいと考えました。この難しい課題の解決におおいに貢献してくださったのが、つなぎ役の株式会社アルコバレーノさんと、Web制作の Spectrum 株式会社さんです。非常に美しい VR 空間が出来上がり、「しばらく佇んでいると本を読みたくなるような Virtual Commons」というアイデアが実現しました。
しかし、VR 空間だけでは書籍データの豊かさを十分に表現しきれない。特に大量の売り上げデータをいただいたのでそれを活用したい。そこで「書誌データの可視化サイトも必要だ」と鈴木さんにお願いしました。

3. 書籍売上データ20年分の可視化

鈴木親彦

鈴木:東大生協の 2003 年以降 20 年以上の売上データをいただき、それをどう使うか非常に悩みましたが、まずは「ランキング」というオーソドックスな手法で可視化しました。
教養学部が中心の駒場と、専門に進んだ学生が中心の本郷で傾向が違うこと、長年読み継がれている教科書、ベストセラーの実証、ジャンル別の変化など、非常に多くの発見がありました。
例えば『統計学入門』は駒場書籍部で 20 年以上ずっと売れ続けていて、文理融合やデータサイエンスがよく言われる以前から、東大では教養としての統計が扱われてきたことが分かります。また、私はもともと美術史を研究していましたので、『まなざしのレッスン』もロングセラーとして常に上位に登場していたのは面白かったですね。東大生が読む本といった冠でしばしば言及される『思考の整理学』も上位に登場する年が多く、広告の文言を実証的に確認できました。
こうした可視化を「コンパニオンサイト」にまとめています。書苑VCの直感的に体験できる空間をサポートする、データを確認できる構成としました。

4. 失われた壁画〈きずな〉をVRで再現する意義

中村雄祐

中村:今回のVR空間をつくる際、中央食堂に存在した壁画<きずな>のことを避けて通れませんでした。歴史を踏まえるうえでも重要であり、美術の専門家の平さんに協力をお願いしました。

平諭一郎

平諭一郎(東京藝術大学):宇佐美圭司による壁画<きずな>は 1977 年から 2017 年まで中央食堂に設置されていた作品です。私は実物を見たことはなく、現存する写真資料から再現データを制作しました。東京大学の食堂という場所に置かれていたこの作品は、将来の芸術家たちが手本とするものとはまた違った意味合いも持っています。
今回の再現は「完璧な復元」を目指すものではなく、作品の存在と歴史を知る「きっかけ」をつくることに重きを置きました。VR空間を通じて本と美術の関係も新たな形で提示できると感じています。

5. 書店から見る「書苑VC」と書籍文化の未来

竹原昌樹

竹原昌樹(東京大学生協書籍部):東大生協書籍部のPOSデータは 2000 年代初頭から蓄積されており、ここまで長期のデータが揃っている書店は非常に珍しいと思います。今回の可視化で、20 年売れ続けている本が実証的に分かったのは大きな発見でした。
このデータを使って、「ロングセラーフェア」「新刊著者紹介」「トークイベントの企画」など、リアル書店としてもさまざまに活用できそうです。またVR空間をきっかけとしてリアルの書籍にもつながる工夫ができたらと考えています。
書籍文化は年々厳しくなっていますが、VR空間が「本に手を伸ばすきっかけ」になることを期待しています。

6. 企業から見た「VR空間の可能性」

東出忠昌

東出忠昌(株式会社アルコバレーノ):今日、VRを作るときには「外とつながる刺激装置」として設計されることが多いのですが、今回の書苑VCはむしろ静的で、「本を読みたくなる内的刺激」を大切にしている点が非常にユニークでした。
また、企業から見ればやはり「東京大学」で読まれて、買われている書籍だという情報は、価値も魅力もあるものです。大学だけで議論すると閉じがちですが、産業側の視点を入れることで、データ活用やマネタイズなどの新しい発想が生まれ、今回の取り組みがその好例になったと感じています。

7.終わりに

鈴木親彦

鈴木:VR空間とコンパニオンサイトを中心に、リアル書店・データ・文化資源を横断する新しい知の場「書苑VC」は、発展の余地を多く残しています。これからも協力して豊かな書苑を育てていきたいと思います。最後に皆さんから一言ずつお願いします。
と言いつつ私から簡単にまとめると、やっぱり空間があるということがすごく大きなプロジェクトだなということを感じました。書籍を軸にリアルとバーチャルを繋ぐところにも、平さんにご尽力いただいた壁画<きずな>の位置づけにもつながっていて、今後も引き続き空間を育てていきたいなと思っています。

笠原真理子

笠原:HMC側からすると、「生協さんどう思っているのだろう?」「東出さんたち企業の皆さんはどう思ってらっしゃるのかな?」という点は、すごく気になるところでした。我々のやってきた、学術的な面から書籍文化を見える形で盛り立てていこうとする試みが、意義あることだと共有でき、再確認できてよかったです。

平諭一郎

平:皆さんのお話が自分と違う視点で、非常に興味深く聞けて、「あ、そういうこともあるのか」と思いました。絵画の復元の点で言えば、本郷キャンパスの中央食堂というところでありながら、駒場と連携できた部分もありますし。これからこのVR空間が、時間を置いた更新ではなく、常に何かが動いていることが多分大事になってくるだろうなと思っています。引き続き協力できることがあれば、と思っております。

竹原昌樹

竹原:「書籍文化」という面でも、現実問題としてそうした文化とマネタイズの両立といったところでも、何かできればいいと思っています。おっしゃられたようにせっかく東大キャンパス内にお店を持てているメリットを、いやらしい意味ではなく活用していけるようにやっていきたいです。このVR空間を起点に、いろいろとやっていけたらなと思っていますので、よろしくお願いいたします。

東出忠昌

東出:普段はビジネスをしている僕からすると、今回の座組が非常に新鮮でした。ものすごくスマートで「研究者の発想はやっぱりすごい」と再認識したプロジェクトでした。そして、スペクトラムさんの作ってくださった空間のクオリティが非常に高い。初手で出てきたもののクオリティが高いので、議論がスムーズに進みました。
竹原さんや皆さんおっしゃっていることに重複してしまう部分はあるのですが、やはり東大で売れているという情報には価値がある。ブランドとしての価値があるというのは事実だと思います。皆さんの次の活動をサステナブルに続けられるために、議論を前に進めさせていただけると嬉しいかなと思っております。

豊田聖宇

豊田聖宇(Spectrum株式会社):ハード面に関する座談会は別途行うのですが、感想としてはとても刺激的なプロジェクトでした。今の知の集積をどういう風にビジュアライズするのかというところ、これはなかなかにやりがいのあるプロジェクトだということで、参画させていただきました。
その結果。本当に良かったなって思うのは、拡張性・汎用性のある土壌ができたというところだと思っています。人文情報学として成果物をどう見せていくかという拡張性もそうですし、東大の人たちが買っている書籍というある種とても意味のあるデータを見ているところもそうです。
先端の研究をしている人々が見ている世界がこういうものなのだというのは、他の人には知りえない部分です。それを知れるというだけでもとても意味があると思います。書籍データを使っての販売もそうですし、社会全体のブーストにつながると思っておりますので、知の集積を広げていけるようなプロジェクトの土壌になったのかなと思っています。

中村雄祐

中村:今回のVR空間とコンパニオンサイトは完成形ではなく、これから育てていく場です。書籍データは更新され続け、今後のバージョンでは空間自体が変化することもあるかもしれません。古典と新刊が競い合い、リアルとバーチャルが支え合う、新しい書苑の姿をこれから一緒につくっていければと思っています アイデアを出し続けるのが我々のある種モットーなので、一応最後に一つアイデアを出して終わりとしようと思います。Spectrumさんが作ってくださった空間がすごく美しく、光の表現の豊かさが印刷とはまた別の世界に仕上がっていますよね。この空間を活用して何か新しいことに挑戦できないか、と考えているところです。

鈴木親彦

鈴木:様々なアイデアが付きませんし、プロジェクト全体をどういう仕組みで引き継いでいくのかというのも、実は大きな課題でもあります。そこも含め、今後も発展していければと思います。本日はどうもありがとうございました。