<きずな>の復元
1977年から2017年9月まで、東京大学本郷キャンパスの中央食堂の壁面には《きずな》と題された巨大な絵画作品が設置されていた。東京大学消費生活協同組合(東大生協)の創立30周年記念事業の一環として企画され、文学部助教授であった高階秀爾の推薦により、画家・宇佐美圭司が中央食堂のために描いたものである。しかし、2017年の食堂改修時に不用意な廃棄処分に遭い、カンヴァスに油彩で描かれた壁画《きずな》は失われてしまった。2018年5月8日、東京大学および東大生協は経緯を公表するとともに謝罪の意を表明し、再発防止の徹底と学内に多く存在する学術文化資産に対する保存管理と継承に努めることを述べた。その後、2018年9月28日には、東京大学安田講堂にてシンポジウム「宇佐美圭司《きずな》から出発して」がおこなわれ、2021年には東京大学駒場博物館にて展覧会「宇佐美圭司 よみがえる画家」(4月13日から8月29日まで)が開催されている。
大学のなかで誰もが自由に出入りし、ともに集い、時を過ごす食堂という場に存在した《きずな》は、美術や芸術に関心があるとないとに関わらず、その40年の間に食堂を訪れた者の記憶の片隅に「壁」画として在り続けているだろう。そして、これから東京大学に入学し学ぶ学生や、赴任し仕事を始める教職員にとって《きずな》を知覚し記憶する体験はもはや叶わない。
この度、《きずな》の記憶を伝える新たな試みとして、現存する写真資料などをもとに作成された《きずな》の再現画像をVR空間に設置した。最新の科学技術を用いれば、カンヴァスに油彩で描かれていた《きずな》に近似する実体としての複製制作も可能であるだろう。しかし、壁画《きずな》に存在していたはずのカンヴァスや絵具の厚み、画家の筆跡のみならず、時間経過による作品の変化=40年という時間もまた、同時に失われた事実は免れない。このVR展示は壁画としての《きずな》を再現しているわけではない。かつてこの場に《きずな》が存在したこと、《きずな》が失われてしまったこと、そして《きずな》を端緒とした新たな試みが続いていることを語り継いでいくひとつのきっかけである
文責:平諭一郎
再現画像作成:笠原浩
書苑VCの<きずな>と解説プレート